医者を殺すにゃ、刃物は要らぬ
いつも巡回している
内科開業医のお勉強日記さんの記事より。
謝罪マニュアル…医療現場 変われるか : ニュース : 医療と介護 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
医療事故が起きた時、病院側は患者や家族にどう接するべきか。社会保険病院グループが、事故が起きた際の「謝罪マニュアル」の実施に乗り出す。「隠さない、ごまかさない、逃げない」が対応の基本。医療ミスや事故があっても事実を隠すことが少なくなかった医療現場は、変われるだろうか。(医療情報部 鈴木敦秋)
「多くが説明もなく…」
「病院は、ミスを認め、謝罪してくれました。だから私たちは、こうして前を向いて歩くことができるのです」
神奈川県平塚市で接骨院を営む菅俣弘道さん(40)と妻文子さん(44)が、各地の病院の安全研修会などで講演する際、必ず口にする言葉だ。
長女の笑美ちゃん(当時1歳6か月)は2000年4月、東海大病院で、内服薬を点滴のチューブに入れるという看護師の初歩的なミスで死亡した。同病院は、内部、外部の調査委員会を開き、事故原因について看護師らの行動分析や器具の問題にまで掘り下げて追究した。事故が起きた4月9日を病院の「医療安全の日」と定め、04年には菅俣さん夫妻を研修会の講師として招いた。
遺族の苦しみしかし、夫妻は他の医療事故の被害者たちと交流するようになって衝撃を受けたという。「多くの人が十分な説明さえ受けられず、苦しんでいたのです。これでは医療不信が消えるはずがありません」
米国では1999年、医療事故による死者が年間4万4000〜9万8000人に上ると報告され、医療安全に対する国家的な取り組みが始まった。「医療の質向上には患者と医療側の関係改善が不可欠との発想から、謝罪マニュアルの作成につながった」と、翻訳に当たった東大医療政策人材養成講座特任准教授の埴岡健一さん(48)は説明する。米国では、「謝罪運動」などの活動も活発化している。
社会保険相模野病院(神奈川県相模原市)の内野直樹院長(56)は、04年の院長就任後、「過失の説明と謝罪」を病院の方針とした。「内部告発で同僚を陥れるのか」「解雇理由につながる」など強硬な反発があったが、「私が全責任をとる」と押し切ってきた。
その結果、院内の事故やニアミスの報告件数は1割程度増え、事実を隠さず、すぐに対策を立てる意識が定着する効果も生まれた。「一度ウソをつけば、それを隠すためにウソをつく。正直であることが良い医療につながる」と断言する。
謝罪マニュアルを「既に実践している」社会保険中央総合病院(東京都新宿区)の斉藤寿一(としかず)院長(71)は「謝罪すると裁判で不利、との意見もあるが、このマニュアルで話がこじれて訴訟になったケースはない」と言う。
謝罪運動
医療従事者を中心にした団体「The Sorry Works Coalition!(謝罪は有効!連合)」が進める活動。「正直である文化」を医療界に定着させることを目指す。「謝罪マニュアル」を作成したハーバード大大学院教授らも支援している。
「形だけでは不信感生む」
「最近の医療界では『まず、謝っておこう』という動きが出てきました。でも、形だけの謝罪ではだめなのです」
東京都葛飾区の新葛飾病院で「セーフティーマネジャー」を務める豊田郁子さん(39)はそう話す。病院の医療安全対策や、トラブルが起きた際に患者側と病院をつなぐ役割を務める仕事だ。
豊田さんは、2003年3月、当時5歳だった長男の理貴(りき)ちゃんを同区内の病院で亡くした。医師が重症の腸閉塞(へいそく)を見過ごした誤診や、長時間、院内で手当てが受けられず放置された実態は隠され、内部告発の文書がメディアなどに送られたことで発覚した。
「結果的にお助けできませんでした」「救命できなかったことは、申し訳ありません」。院長の説明は「何が起きたかの説明すらなく、人ごとのような言い方」に感じられた。「担当医は『最善を尽くした』と申しております」と話を切り上げようとする態度に、不信感が募った。
病院側の試み「事故の経験を生かしたい」と、新葛飾病院で仕事を始めた。この病院は今年2月、医療トラブルの解決法を探る研修会のテキストとして、謝罪マニュアルを使い始めた。毎月、病院内外の医師や看護師、患者約40人が集まり、具体例をあげながら意見を交わす。
例えば「避けられない合併症でした」という医師がよく使う言葉に対し、患者たちからは、「目の前でシャッターを下ろされたような気分になる」などの意見が出される。「この研修を通じ、病院としての『謝罪マニュアル』を練りあげたい」と豊田さんは話す。
十分な説明で訴訟減も
1999年、横浜市大病院で、肺と心臓の患者の取り違え事故が起きたのをきっかけに、患者の医療不信は爆発した。この年に678件だった医療事故訴訟は、2004年には1110件に急増した。ところが、05年、06年は900件台にとどまっている。
この推移について、医療事故に詳しい堀康司弁護士は、「この数年、訴訟になる前の段階で、患者側と向き合い、話し合う姿勢を示す病院が増えてきたことは事実。訴訟件数の増加に歯止めをかける影響を及ぼしている可能性はある」と分析。一方で、「患者側が提訴に踏み切るには、経済的、精神的に高いハードルが横たわっている事情も変わっていない」と分析する。
裁判以外の解決策を模索する動きもある。第三者的立場の医師が解剖結果やカルテ類などについて調査する「医療関連死の死因究明モデル事業」が行われているほか、医師の過失が立証できなくても患者に金銭補償を行う「無過失補償制度」を日本医師会などが検討している。
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20070814-OYT8T00223.htm
(2007年8月14日 読売新聞)
謝罪の前提として、訴追を免れるという条件がなければ・・・医療機関や医療関係者は単なる袋叩きに終わるだけ
日本では、謝罪の前提条件ができていないのである。
まず、公的医療機関がこのトラップに引っ掛かり、自滅していくであろう・・・その莫大なコストと手間により本来の医療へのコストが損なわれ、憔悴し、スタッフは散逸していく・・・それがこの国の医療である。
内科開業医のお勉強日記
タミフルの時にも取上げた
友人の小児科医のブログ
医学的に見れば、
特殊な治療も根拠のあるもので、
別の代替治療に比べても効果は同等からそれ以上が期待され、
実際効果があったのに後遺症が残るのは現代医学ではどうしようもないことであり、
「もしかしたら別の病気かも」と思えることは我々の経験の豊富さから生まれるものだ
(他の施設なら原疾患の再燃としか考えないのではと思います)
と思っています。しかし昨今の医療訴訟を見ると、
特殊な治療はエビデンスの無い治療のため選択してはいけなかった、
別の代替医療のほうが(副作用の頻度は高いが)良かった、
後遺症が残ったのは治療方法を誤ったためだ、
別の疾患の可能性を最初から指摘できなかったのはミスだ、
と言われるような気がして仕方がありません。正しいことをしているにもかかわらず、なぜビクビクしなくてはいけないのでしょうか。
勤務医不足が叫ばれていますが、勤務医が少なくなるのはさまざまな理由があります。
ただ、一番の理由は
「一生懸命やっても患者にののしられ、訴えられ、悪くも無いのに罪を着せられる」
という思いを多くの勤務医が持っているからではないでしょうか。いわゆるモンスターペイシェントの増加、無責任なマスコミの報道とともに、
諸悪の根源は医療訴訟か - やぶかんぞうの詩―虎の子日記パート2― - Yahoo!ブログ
医療訴訟は諸悪の根源となっているような気がしてなりません。
パンダ状態にある日本の医療、
もう少しく、冷静に考えてみませんか?
大きな声のするほうばかり向かないで。